見える人にしか見えないもの
- 3月22日
- 読了時間: 3分
更新日:4月3日
二つ折りの携帯に残る、微笑む老猫。長さではない、愛の質の話

「猫ってUFOとおんなじでねー、見える人にしか見えないんだよねー。うちに野良連れてくるのもいつも決まった人達ばっかりよ。」
かかりつけの動物病院のドアを開けるなり先生があきれ顔で言いました。
でも口ではそんな風に言いながらも、先生は保護動物と保護主にとてもやさしかった。
いつも「うちは子猫はただだから」とか、その時によってさまざまな謎の嘘を言って診察料を激安にしてくれたものです。
雪なんて滅多に降らないこのあたりが、珍しく白く染まったある朝のこと。通勤で毎日通る道の真ん中に黒っぽい小さなものが見えました。
なんだろう?雑巾???と思ってよく見るとそれは、ガリガリに痩せた泥だらけの老猫でした。
すぐそばを、あるいは真上を跨ぐようにして人はどんどん通り過ぎていきます。
誰もその存在に目を留めようとはしませんでした。先生が言った「見えない」って、こういうことでもあるのなのかな。
軒も風よけになるものもなく、雪の上は冷たかろうに、でもマシな場所を探す元気がなかったのでしょう。それなのに、私がそばに屈むと立ち上がり、膝に「よろしく」とでも言うように、頭をこすりつけてきました。
そして、助けてほしそうにするでもなく、また元の場所に戻って、ぺたんと体を横たえたのです。とけかけた雪でどろどろびしょびしょのアスファルトです。
その様子からは彼が重ねてきた、たくさんのあきらめや孤独な覚悟が痛いほど伝わってきました。そして私もまた覚悟を決め「一緒に行こう」と抱き上げました。
そしていつもの動物病院へ。診察控室で順番を待っている時、通りかかった看護師さん、たぶん一目で彼のこれまでの道のりが見えたのでしょう。
いつもは元気で賑やかな人ですが、この時は静かな表情で何も言わず、汚れて匂いもきつい彼を抱き上げ、優しくぎゅっとしてくれました。
転居して行けなくなってしまったけれど、本当に本当に大好きな病院でした。先生と看護師さんを人として大好きでした。
こんな目に遭わされても人が大好きらしい老猫は、クタクタのボロボロでもうれしそうに愛想を振りまき、それを見ながら先生は言いました。
「今日の検査と治療、全部タダにするから、この子絶対に飼いな。」
その言葉にも背中を押され、家族に迎えてケンと名付けました。その決断は、私の人生にとって大きな宝物のひとつとなりました。
先生はこんな風に人の負担になるようなことを普段は言いません。でもその時はきっとケンの資質を見抜いて、ケンだけじゃなくて私のためにも言ったのだと思います。
その時点ですでに満身創痍、推定13~14歳。常にどこかしら体が悪くてつらかっただろうにいつもごきげんで懐の深い子でした。
人懐っこくて犬猫懐っこくて、ゆうゆうと太っ腹で、やることなすこと全てがとてつもなくおもしろい。そんな、愛さずにはいられない子でした。
3年半の短い期間だけど熱烈な両想いのしあわせな毎日でした。大切なのは長さよりもその質。
この春分の日が9回目の命日でした。当時の二つ折りの携帯電話で撮った、画質は良くないけれど大切な写真のひとつ。
彼は時々ふと顔をもたげてこんなふうに、まるで幸せを味わうように微笑んでいました。
今もどこかで笑っていてくれたら、それ以上嬉しいことはないな。



