ふとした再会のかたち…そこにいたような気がした
- 4月27日
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夕暮れの橋の上。歩みを止めた老犬と、今も私の中に生きる老犬。

一昨年に旅立った愛犬といつも歩いていた河原は私にとって特別な場所です。 しばらく前、その上にかかる橋を自転車で渡っていました。風が少し冷たい夕方、向こうから現れたのは一頭の甲斐犬でした。
本当に愛犬によく似ていたのです。見たところハイシニアで、歩き方がゆっくりだったのも晩年の姿と重なって、時が戻ったような気がしました。
すれ違った後もその場を離れがたくて、自転車を停めて振り返り、遠ざかっていく彼らの後ろ姿をじっと見つめてしまいました。気持ち悪くてすみません。
飼い主さんは私の視線に気づかれたのでしょう。少しこちらを気にされている様子でした。
あつかましくも「少し撫でさせていただいても…?」と声をかけようかと思ったのですが、その前に飼い主さんの方が、「この子はあまり人を寄せつけないので」と、申し訳なさそうにおっしゃいました。
「そうですか。すみません。」と私は小さく頭を下げました。でもまだその場を立ち去ることができず、しつこく彼らの後姿を見送りました。気持ち悪くてすみません。
するとその甲斐犬さんが、ふいに足を止めたのです。そして、こちらを振り返りました。何度も何度も、何かを問いかけてくるように、あるいは何かをじっと見定めようとしているように私を見ました。
しまいには飼い主さんがリードを引くのも構わず、その場に座り込んでしまいました。まるで、ここから動かない、とでも言うように。
甲斐犬という犬種が持つ警戒心の強さや、飼い主さんの「人を寄せつけない」というお言葉をから考えれば、彼がそこに留まりたかったと考えるのは、虫のいい解釈かもしれません。
しかし、彼の表情や仕草からは、敵意や警戒のようなものは感じられませんでした。勘違いかもしれませんが、心が通じたような気さえしたのです。まるで愛犬がその姿を借りて、ほんのひととき会いに来てくれたように感じました。
あるいは、もしかしたら逆だったのかも。
人間が見えないものを感じ取る力が犬にあることは、多くの飼い主が実際に体験するところですよね。私の中で今も色濃く生きている愛犬の存在と、そこから立ち昇る「気配」に甲斐犬さんが反応したとしても、それは決して非科学的な話ではないのかも。
甲斐犬さんの姿を借りて会いに来てくれたのではなくて、逆に甲斐犬さんの目には、今も私の傍らに立つ愛犬が見えたんだったりして。
いつまでも引き留めてはご迷惑。ようやく踵を返して自転車を走らせながら、そんなことを考えたのでした。



